新型コロナウイルスによる感染拡大や、経済活動の落ち込みによって、売上が大きく減少した店舗は多くあります。
特に、緊急事態宣言・外出自粛要請の影響で、美容室の売上は大きく減少しました。客と美容師との距離が近いので、いわゆる「ソーシャルディスタンス」を保てないおそれがあることも理由のひとつです。
また、会社や学校、買い物や交流など、人に会う機会が激減したために、ヘアスタイルと整えておしゃれをする動機が薄まってしまったのも、人々の足が美容院から遠のいた理由といえます。
しかし、外出しにくい状況でも、知恵を出し合って今までにないサービスを展開したり、新たな事業に進出したりして、状況を打開しようとする美容院もあります。
そのような美容院のチャレンジを後押しするのが、2021年に始まる「中小企業等事業再構築推進補助金」(事業再構築補助金)です。
ただし、初めて行われる補助金事業のため、美容室のどのような新チャレンジに対して、補助を受けられるのか、不明確な点もあります。
2021年3月時点で公表されている内容を読み解くことで、事業再構築補助金が採択される可能性が高い、美容院の新たな取り組みについて解説します。
事業再構築補助金の「対象外」になる取り組みとは?
事業再構築補助金は、ポストコロナ時代・ウィズコロナ時代の経済社会の変化に対応するための、企業の思い切った事業再構築を支援する目的で、1兆円を超える国家予算が組まれています。
申請の募集が始まるにあたり、事業再構築補助金が求める条件が、今まで想定されていたものよりも厳しい可能性があることが、徐々に明らかになっています。
予算規模が非常に大きいことから、経営に苦しむ全国の事業者に隅々まで行きわたる補助金であるとも期待されていただけに、注意を要します(ただし、実際に申請が始まれば、結果として採択率が非常に高い……という可能性もあります)。
まず、明らかに採択の対象外となる新たな取り組みの種類について押さえておきましょう。
新製品・新サービスの投入をしない場合
これまで製造したことがない新製品を製造していない、これまで提供していないサービスを開始していない場合は、事業再構築補助金の対象外です。
ただし、非製造業でサービスの提供方法を変更する「業態転換」では例外的に対象となります。
美容室の場合、過去に販売していた独自開発のシャンプーを再販した……ような取り組みは補助対象外です。
その一方、美容室は非製造業なので、たとえば、サービス内容はそのままでも、美容師が出張してヘアスタイルを整えてくれる取り組みを始めた場合は「業態転換」にあたり、補助対象となる可能性があります。
競合するライバル企業の多くが、すでに着手している製品・サービス・製造方法
他の美容院では一般的になっているサービスを、新たに始めただけならば、補助対象外となります。なぜなら、事業再構築補助金が導入された理由である「企業の思い切った事業再構築を支援する目的」に該当せず、ただ単に業界内で出遅れていただけだからです。
すでにある製品・サービスの提供増量、簡単な改良、単に組み合わせを変えただけの場合
美容師の増員や、閉店時間の延長、あるいは客席の数を増設したなどの取り組みは、やはり「企業の思い切った事業再構築を支援する目的」にあたらず、補助対象外となります。
すでにある設備で製造できる商品、提供できるサービスである場合
事業再構築補助金を受けるためには、新たな「設備投資」をしていることが一般的に求められるとされています。
たとえ、新たな製品を開発したり、新たなサービスを提供しているとしても、それが今まで通りの設備を使ってできるのであれば、補助対象外となります。
汎用性のあるデジタル機器やソフトを新たに導入しただけの場合
たとえ新たな取り組みに使うためであっても、パソコン・スマートフォン・カメラなど、美容師の業務以外でもさまざまなことに使える設備投資は、そもそもすべての補助金で対象外となります。お客様に美を提供する目的専用で使える設備であることが望ましいです。
既存事業の売上を減らしてしまう
新たな取り組みが、今までの取り組みとの間で、顧客を食い合ってしまう関係にある場合は、補助金でサポートしてまで新たな取り組みを始める必要性が薄れますので、補助対象外になります。
もし、今まで提供していたシャンプーと、ほぼ同じ成分や性能で、廉価版のシャンプーを新たに発売するならば、今までのシャンプーの売上を下げる可能性が高いので、対象外です。
事業再構築補助金の「対象」になる取り組みとは?
以上に挙げたような「対象外の例」を踏まえまして、改めて対象となる例について挙げていきます。
事業再構築補助金の対象になるためには、美容院の新たな取り組みが、この補助金事業が求める事業再構築指針に沿っている必要があります。
より具体的には「新分野展開」「事業転換」「業種転換」「業態転換」の4つのうち、いずれかに当てはまっていなければなりません(もうひとつ「事業再編」もありますが、ほとんどの美容院では当てはまらないと考えられますので割愛します)。
美容院であることは変えない ― 新分野展開
新分野展開は、美容院が美容院であり続けたまま、新商品を開発し、新たなマーケットに進出することです。
たとえば、独自開発のシャンプーを提供していた美容室が、新たに完全オリジナルのコンディショナーを販売する場合などです。
・製品等の新規性(※すでに出した商品の改良版や増量版などでないこと)
・市場の新規性(※既存顧客を減らさないこと)
・総売上高の10%以上を占めること
以上の条件をすべて満たしていなければなりません。
美容業界にいたまま、別ビジネスに挑戦 ― 事業転換
業界は変えないまま、違うジャンルのビジネスに進出する場合です。
総務省の日本標準産業分類に沿えば、美容室は大分類「N.生活関連サービス業,娯楽業」に入りますが、大分類が共通している別ジャンルの領域(理容業・クリーニング業・浴場業・家事サービス業・結婚式場業・フィットネスクラブなど)に進出する場合が対象です。
・製品等の新規性
・市場の新規性
・総売上高のうち、新事業による売上の占める割合が最大
以上の条件をすべて満たしていなければなりません。
美容業界をも抜け出してチャレンジ ― 業種転換
業界も変えて、別業種に進出することです。
美容室であれば、大分類からそもそも異なる別業種のビジネス(不動産業・農業・教育・福祉など)に進出する場合が対象です。
・製品等の新規性
・市場の新規性
・総売上高のうち、新業種による売上の占める割合が最大
以上の条件をすべて満たしていなければなりません。
美容サービスの方法を変える ― 業態転換
美容室であることは変えず、新商品や新サービスも投入せず、今まで通りのサービスのまま、その提供方法を変えることです。
非製造業の美容院であれば、次の条件をすべて満たさなければなりません。
・既存の設備を一部または全部撤去していること あるいは、IT技術を新たに活用していること
・総売上高のうち、新提供方法によるサービス売上の占める割合が最大
たとえば、お客様に有料で美容コンサルティングやファッションアドバイスをしている美容室があるとして、それを新たにオンラインで始めるとします。そのオンラインコンサルティングのため、専用の照明やマイク、高速通信回線を導入した場合は、補助対象になる可能性があります。これらの機材が、コンサルティング以外の使い道に流用されないことを合理的に説明する必要があるでしょう。
なお、近隣に住む既存のお客様まで含めてオンラインコンサルティングの対象にしていれば、来店客数が減る可能性があるため、補助の対象外になるおそれがあります。
オンラインは来店が難しい遠方の相談者のみで対応して、新たな取り組みが美容室の既存顧客を食い合わない関係になるよう配慮しましょう。